のじシネマ

映画の感想を書いています。絶望と不条理を映画に求めてしまいがち。ときにネタバレ。

 本サイトはプロモーションが含まれています

【映画】シェルタリング・スカイ(ネタバレ)【あらすじ、感想など】人間の傲慢さと脆さを映像美に閉じ込め

シェルタリング・スカイ

f:id:noji_rei:20200118212653j:plain


第二次戦争終戦直後、ニューヨーク在住で富裕層、芸術家の夫婦は、結婚10年目になって枯渇した愛情を取り戻すため旅に出た。行き先は北アフリカ

1年か2年、そのくらいの時間を過ごそうと考えていた2人。
遠い異国へと来たものの、すれ違った心はなかなか戻ることはなかった。

 

ポール・ボウルズ原作の『極地の空 The Sheltering Sky』の映像化。冒頭とラストにはポール・ボウルズ本人が作家として出演。

第48回、ゴールデングローブ賞 音楽賞と監督賞を受賞。
監督、製作、音楽は『ラストエンペラー』と同じメンバーが担当しました。

 

作品情報・キャスト

公開年度 1990年
上映時間 138分
監督 ベルナルド・ベルトルッチ
原作 ポール・ボウルズ
製作 ジェレミー・トーマス
音楽 坂本龍一
キャスト デブラ・ウィンガージョン・マルコヴィッチキャンベル・スコットポール・ボウルズ

イントロダクション

1947年、脚本家キットと音楽家ポートの夫婦は倦怠期を迎えた夫婦と友人の若い男タナーは北アフリカの地に降り立つ。
ホテル近くのバーで飲む3人、そこは西洋人が多く集う場所だ。
ポートは夢の話をするがキットはその話をタナーに聞かせることが気に入らなかった。
西洋人たちのなかに、作家(ポール・ボウルズ)の姿がある。

 

www.youtube.com

倦怠期の夫婦を繋ぐには刺激が必要

ポートとキットは環境を変えることで愛を蘇らせようと考えて、遠い北アフリカを旅します。

けれども、場所を変えても2人の関係は改善されるきざしはなく、ホテルの部屋でポートからの散歩の誘いをキットは断わり、キットの心が自分に向かないポートは癇癪を起こして部屋を出ます。

辺りを彷徨い、怪しい男から声をかけられたポートは娼婦と関係してしまう。
翌朝、ポートが戻らないことで何が怒ったのか薄々勘付くキットは、同行者のタナーはキットを外に誘います。

ポートはキットとタナーの仲を疑っているのです。
倦怠期の夫婦だけでは息苦しいのでスパイスにしたくて誘ったタナーのことが、早くも煩わしくなったポートは、タナーをどうにか遠ざけようと仕向けます。

自分で誘っておきながら面倒になったら遠ざける。
しかも北アフリカの僻地なので、タナーもたまったものではありません。
ですがタナーはそのことに気づいているのかいないのか、案外堂々とキットを口説きはじめ、キットはそれを受け入れてしまいます。

ポートはキットとタナーの関係に薄々気づいているのにそれには触れず、キットも外泊したときのことを尋ねようとしません。
でもすごく苛立っている、早く遠ざけたくてたまらないのです。

それもあって、ポートはどんどん奥地へと向かおうとし、やがてそれが嫌なタナーは別の場所へ行ってしまいます。
ポートは漸く二人の時間を取り戻すことができたのです。 

文明から解離した場所で失ったもの、得たもの

キットとポートは、取り憑かれたように文明から離れた場所へと移動を繰り返し、ようやく夫婦の時間を取り戻したことを実感します。

けれど幸福は一瞬でした。
移動する途中でポートの体調が悪化、腸チフスに感染していることがわかります。


その後キットは茫然自失で砂漠をあてもなく歩きます。
おそらくこれがキットにとって初めての孤独だったのかもしれません。
これまで文明の中心にいて、才能もあって美しく、人生で諦めることは多くなかったキットが、夫婦で選択した旅で夫を失い、生きる意味すら見失っていくのです。

自己崩壊は自由の始まりなのだろうか 

キットが枯れた湖に佇んでいると、通りがかりの現地の一行と出会います。
一行の男性とキットは目を合わせ、言葉は通じないのに何かを感じ、導かれるまま行動を共にします。そして一層自由な性に溺れていきます。

やがて、アメリカ大使館に引き取られたキットは、ポートたちと最初に降り立った街に戻ってきます。
けれどキットは大使館の車には乗らず、最初に入ったバーのドアを開けます。

「迷ったのかね?」最初にいた作家(ポール・ボウルズ)の声がします。

「人は自分の死を予知できず、人生を尽きぬ泉だと思う、だがすべて物事は数回起こるか起こらないか。自分の人生を左右したと思えるほど、大切な子供の頃の思い出も、あと何回心に浮かべるか4〜5回 思い出すのがせいぜいだ。あと何回、満月をながめるか、せいぜい20回。だが人は無限の機会があると思う」

キットは身も心もボロボロになっているはずなのに、なぜかその表情からは毒が抜けて明るさすら感じられるように私には見えました。

自分を壊して本当の自分を手に入れたとでもいうのでしょうか。

トラベラーとツーリスト

冒頭でツーリスト(観光客)は「来てすぐに帰ることを考えること」で、トラベラー(旅人)は「帰国しないこともある」という台詞が出てきます。


キットとポートはタナーを観光客で、自分たちを旅人と称しましたが、先進国の暮らしを手放さず、持ち込んだ現金に頼り、観光客のタナーが持参したシャンパンを歓びます。
結局誰もが滞在が長いだけの観光客に過ぎませんでした。
どれだけそこに滞在して、どれだけ帰らずにいようとも、彼らは永遠にツーリストです。
ポートはわかっていたのかもしれません。
ツーリストのまま骨を埋めることになるかもしれないと。

旅先で人間関係の不調和音が生じることは珍しくありません。
三者のタナーを入れることで一層、自分が追い詰められると予想ができるのに、ポートは敢えて破滅的選択をします。
そしてタナーの存在を夫婦の刺激にしようと考えました。

実際それは成功して、ポートはキットとタナーに嫉妬、不安を感じるようになります。二人にとって旅は自傷のようなもので、既に帰国できないことをもしかしたら悟っていたのではないかと勘ぐりたくなってしまいます。

 

人間は死ぬことを知っている(おそらく)唯一の生き物です。
ですが一つのことに心を持っていかれてしまうと、今ここに存在する喜びや奇跡、時の脆さ儚さを容易に忘れてしまう傲慢さを持つことを、ポール・ボウルズは伝えたかったのではないでしょうか。

ラストの作家本人の台詞が、この話の最も伝えたかったことであり、テーマなのでしょう。

 

ベルナルド・ベルトリッチ監督の独特の粘りを持たせた独特の映像と、
坂本龍一の憂いある音楽が、他にはない世界観を作り上げています。

★★★★★ 傲慢な瞬間すら唯一の時だ

それでは、また。
のじ れいか、でした。


映画レビューランキング