執着が強ーい人の話?
第2回WOWOWシナリオ大賞受賞作
内容をざっくり説明
「誰が見てもすごくいい人が、実はとても頭がよく、他人を不幸にさせるようにコントロールさせる邪悪な感情の持ち主であることが明らかになっていく話」
作品情報
公開年度 2010年
上映時間 102分
監督 森淳一
脚本 三好晶子
キャストと役柄
三辺陽子(商社勤務の独身OL)永作博美
今西由紀夫(商社の課長)西島秀俊
島田剛(今西の隣人で漫画家志望)劇団ひとり
里中(今西の元同僚)勝村政信
柴田(今西を担当した保険外交員)ふせえり
原田(予備校講師で現在は妻と愛人と3人で暮らす)北村有起哉
政大夫(有名義太夫で今西の父)河原崎健三
伊藤部長(今西と陽子の上司)國村隼
陽子の彼氏(遠距離交際をしている、工場経営)ムロツヨシ
伊藤部長の妻 石野真子
今西の義太夫仲間(板尾創路)
田中(田中圭)陽子の後輩、一緒に今西探しをする
イントロダクション
ベテラン営業事務員の三辺陽子がいつものように会社に出社すると何やら物々しい雰囲気。「伊藤部長が自殺した」そのことで会社がてんやわんやになっていたのだ。
しかも陽子の同僚で伊藤部長の部下、今西との連絡がつかず行方不明になっている。一緒に仕事をしている同年代の独身同士ということで陽子は今西が暮らすマンションを訪ねるが今西はそこにはいなかった。
登場人物×今西
面倒見がよくて「いい人」と評価されている男、今西由紀夫。
世間一般の作られた「いい人」は案外簡単に見抜かれてしまうもの。
でも今西のいい人ぶりはそうは簡単に見抜かれず、今西を知るほとんどの人が今西の口車に載せられてしまうのです。
隣人の島田「今西さんは僕の恩人」
今西の部屋の隣人 島田は「今西さんは僕の恩人」と感謝しています。
一流企業に勤務していた島田は漫画家になることを夢見ていたのを今西に励まされ、会社を退職して執筆活動に専念しているのです。
……でも観ていると不穏な空気しか感じられません。
ただ救いなのは島田は今西を微塵も疑っていないところではないでしょうか。
「振り向いてくれなかった男性」
保険の外交員だった柴田は、今西に親切にされて好意を寄せるようになりますが、いざその気になってみると肩透かしを食わされて、仕方なく今西の同僚と結婚しますが、幸せにはなれませんでした。
柴田が今西の本心に気づいているのか否かはわかりません。
女のプライドが現実を認めさせないようにしているのかもしれませんが、今西はそこまで読んだ上で柴田をからたったのかもしれません。
「高級マンションのローン返済」
今西の元同僚、里中は妻と暮らすマンションの購入にあたり今西に世話になっていました。
当時、結婚前の妻がこのマンションを欲しがったものの、里中の収入では手の届くマンション ではありませんでした。
素直に諦めればいいものを、今西が現れて友人が販売業者で半額で購入できると言い出すのです。
マンション は半額でも高額で、里中は購入を渋ります。
それでも今西は言葉巧みに部屋の購入を勧めるのです。
「お前たち、三人で暮らせ」
陽子と同じ職場になる以前、今西は専門学校で事務の仕事をしていた。
当時、講師の原田は妻のいる身で生徒と不倫関係になって騒ぎを起こしてしまう。
今西は3人にこんな関係は長く続くわけがないのだから、短い時間でいいから「一緒に暮らせ」と説得してしまいます。
おかしいでしょう。
夫婦とその夫の不倫相手が3人で生活するというのだから、あり得ないんです。
でもおかしいのですけれど、今西の話を聞いていると、「もしかするとそれもアリなのかも」と思えてしまうのです。
だから今西は凄い説得力のある存在ではあるのです。
「横領をしたのは夫です」
自殺した伊藤部長の妻が会社を訪れ、現金一億円を目の前に差し出し「横領をしたのは夫です」と打ち明ける。
伊藤部長は今西の抜け目ない性格を嫌い、今西の名前で一億円を横領します。
それに気づいた今西は伊藤部長に「悪気はなかったが、部長を追い込んだ責任を取りたいから罪を背負って身を隠す」と告げて今西は失踪します。
横領をしたのは伊藤部長で、そのことは今西は知らなかったのは本当のことだと思います。
けれども自分が消えて残された伊藤部長が何をするのか、予想できていたとしたら?
「夜、口笛を吹くと蛇がでる」
今西は有名義太夫の父と愛人との間に生まれました。
少年になった今西は、家元に引き取られて稽古を受けるようになります。
針の筵のような環境で辛いのは当たり前ですが、そこれ今西は本妻との間に生まれた兄より噺が上手く、そのことが理由で本妻家族から壮絶ないじめを受けることに。
どうして今西がわざわざそんな過酷な環境に身を置くことになったかと言えば、大人同士が勝手に決めただけのこと。
最終的には兄を裏切り、すべてをぶち壊す今西は、義太夫の後継になる気はなかったし、そんなことを望んではいなかったはずです。
今西は嫌な人間かもしれませんが、そうなるのには理由があって、理由があるから結果がある、そんなことを考えさせられます。
それほど酷い男ではない、のかもしれない
個人的にすごく引きつけられた作品でした。
台詞が生っぽくて、謎解きをしているのに、わざとらしくないところがよかった。
優れている人間が、それをどう使うことになるかは、育った環境が大きく影響することは見ていて納得できましたし、一方で自分の人生をどう決断するかは自分の問題なのだから、今西の口車に乗って、鵜呑みにしている周囲の人間の頭の悪さというか、単純さに今西は面白がりながらも腹を立てていたことは理解できる気がします。
島田部長が今西を嫌って陥れようとしたものの、それが賢い今西にはすぐにバレて、結果、島田部長が死を選んだことは自業自得です。
まして分不相応のマンションを買った里中も、愛人と3人で暮らしている柴田も自分の人生の救いを誰かに求めたツケを払っているだけのことだと思います。
今西の言っていることやっていることは意地悪過ぎますが、責任は今西にはないのです。
今西の兄が父や家族を手をかけた理由は、今西が兄を怒らせ絶望させたからですが、それにしたって今西は指一本触れていない。最悪ではありますが今西に罪はありません。
もし罪があるとすれば、今西が舞台に上がったことを黙認した父かもしれない。
私はそう思います。
人は誰でも不安があるから、自信を持っている誰かに決めてもらいたいものなのかも。
人は生きながら常に不安で、だから誰かに決定的に導いて欲しいという願望を持っている。
その心理を今西は利用しているわけですが、今西のあざとさを誰も責めることはできない。
結局自分の人生の責任を取れるのは自分だけだからです。
いずれにしても誰の場合であろうと、今西は内心で嘲笑したかもしれないけれど、邪悪さを発揮させたところで、今西だって何一つ得していません。
その無欲さと今西の真の悪意が逆に悲しく思えました。
すべてを知った陽子は一緒に帰ろうと今西を誘いますが、今西は「人を殺しているのに帰るわけにはいかない、自分はこれからだって何をするかわからない」と戻ることを拒否します。
「私が見張っている」陽子の言葉を言葉をはぐらかして去っていく今西は良心の呵責から死を選ぼうとしますが、それを最終的に救うのは陽子でした。
おそらく陽子という女性は、今西の全てをわかっても今西を絶対悪な存在とは思わなかった。
今西が陽子に惹かれたのは陽子の性格をわかっていたからで、だから以前から今西は陽子を口説くようなことや、気がありそうなことを口にしてみたり、恋人の存在を確かめてみたりしていますが、おそらく陽子は今西に面倒そうな何かを感じて距離を縮めようとはしなかった。
今西はそういう陽子の勘が鋭くてミステリアスなところに興味を持つようになったのだろうなと推測できるところも筋としてよかったと思います。
恋愛は相手への好奇心から始まるものですし。
だけど結局は結ばれる運命ではない2人というのもすごく納得できました。
俳優の演技も凄かった。
西島秀俊の関西弁は微妙でしたが、演技力や表面的な朴訥としたいい人像を完璧に表現していたと思います。
こういう人は本当にいると思ったし、事前に設定しているであろう今西のキャラクター像がよく伝わってきました。
永作博美もクールで感情に支配されない、社会性に富んだ大人の女性を上手に演じています。大きな会社には絶対いそうな、仕事ができて包容力もあるけれど、自分を見失わない女性像がリアルでよかった。
WOWOW新人賞はテレビで放送後、映画館で決まった期間上映されていましたが、これは映画館で観ればよかったと軽く後悔しました。
なおWOWOW新人賞は第10回まで続き、その後WOWOW新人シナリオ大賞という名称に変更されましたが、2019年をもって公募は終了しています。
本作で受賞した三好晶子氏は現在はミステリー作家として活躍しています。
今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
それではまた。
のじれいか でした。